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アイスホッケー マイブーム

 金曜日から平昌冬季オリンピックが開幕します。この大会の目玉は何といっても、女子アイスホッケー、日本対朝鮮半島チームの試合ですね。フィギュア、ジャンプと並ぶほどの視聴率になるのではないでしょうか。

 アイスホッケーは全国的に見ればあまり人気のないスポーツです。昔は日本リーグという社会人のアイスホッケーリーグがあり、優勝のかかった試合はNHKで放送していました。現在、日本リーグは消滅して韓国、中国、ロシアのチームとともにアジアリーグを開催しています。テレビで放送されることは全くないですね。

 そんなアイスホッケーという競技に、私は中学生の頃、ほんの一時期ですが熱狂的なファンになったことがあります。1977年に東京で開催されたアイスホッケーの世界選手権大会がきっかけです。

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 大会のプログラム

 アイスホッケーの世界選手権は毎年行われています。参加国は強い順にトップディビジョン、ディビジョンI、Ⅱ、Ⅲにクラス分けされ、さらにディビジョンIとⅡはA、Bに分かれています。つまり、6部まであるのです。日本は現在、ディビジョンⅡのBにいます。

 1977年当時は参加国が少なかったので、Aグループ、Bグループ、Cグループの3クラスしかありませんでした。日本はBグループに入っていました。東京で行われた世界選手権はBグループの大会です。優勝するとAグループに昇格することができ、また、下位2チームはCグループに降格することになっていました。日本は前年の大会で2位になっていて、優勝の期待が膨らんでいました。ただし、Aグループからポーランドと東ドイツが降格していて、この2チームは力的に抜けていたので、現実には日本の優勝はかなり厳しいものでした。(プロ参加問題で脱退していた強豪国カナダがAグループに復帰することになったため、2チーム降格したのです。)

 プロ野球の開幕前でネタのないマスコミがこの大会を大々的に取り上げ、日本戦はテレビで生中継されました。それを見て、アイスホッケーなかなか面白いなと思った私はいつもつるんでいる2人の友人に話をすると、友人も食いついてきて、にわかアイスホッケーファンが3人誕生したのです。近所の本屋でアイスホッケーマガジンを買ってきて回し読みをし、新聞記事を切り抜いてスクラップしました。

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 1977年のアイスホッケーマガジン

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 朝日新聞スポーツ欄の記事。大きく報道されていました。

 で、最終戦を観に行こうという話になり、3人で代々木競技場へ行きました。

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 1枚のチケットで入れ替えなしで3試合観られます。3月21日に行きました。

 第1試合のスイス対オランダ戦から既に1万2000人の観客席は全て埋まっていました。にわかアイスホッケーファンが大挙して集まったと思われます。第1試合の記憶はなぜかキレイさっぱりありません。

 続いて第2試合は日本対東ドイツ戦。東ドイツは前日に優勝を決めていましたし、日本も3位が確定していたので、はっきり言って消化試合に過ぎないのです。でも、まぁ、覚えたての選手の名前を叫んだりして、日本チャチャチャ応援を楽しみました。ふざけて、2、3回、わざと甲高い声で「引木さ~ん」と叫んだら、2列前の席に座っていた同世代くらいの女の子が振り向いて笑っていました。「お前、笑われてんぞ」と言われて、ウケたと嬉しかったりして、中学時代は男が一番馬鹿になる時期なので仕方がないのです。試合は日本があっさり負けました。

 さて、第3試合、この試合が大会の最終試合になります。ポーランド対ユーゴスラビア戦です。ポーランドにとっては既に2位が確定してAグループ復帰がかなわず、モチベーションはだだ下がりの消化試合なのですが、ユーゴスラビアはこの試合に勝たないとCグループに降格してしまう、まさに崖っぷちの大事な試合になっていました。実力ではポーランドが圧倒しているのですが、モチベーションはユーゴスラビアが遥かに高いという一戦。観客の多くは消化試合の日本戦よりもこの試合を楽しみに来ているようでした。帰る人は全くいません。

 試合が始まると、判官びいきもあるのでしょう、観客はBグループ残留を目指して必死に戦うユーゴの選手を応援して、ユーゴの選手がパックを奪うと、うおおお、シュートを打つたび、うおおおと歓声があがり、時折、ユーゴ、ユーゴの大合唱が起きます。気の毒なのはポーランドの選手たちで、Aグループ昇格を逃して士気が下がっている上に完全アウェイ状態ですから、気持ちが受け身になってしまい、実力が出せません。

 1ピリが1-1、2ピリが2-2のシーソーゲームの展開で場内はものすごい盛り上がりです。第3ピリオドにユーゴが得点、さらにダメ押しのゴールを決めた時には場内われんばかりの大歓声となりました。そして試合終了と同時にベンチからユーゴの選手が全員リンクに飛び出し、抱き合って勝利とBグループ残留を喜びました。観客はスタンディングオベーションです。すると、ユーゴの選手たちは観客の拍手に応えるように両手を振りながらリンクをぐるぐると走り回り、ベンチの中から持ち出した、あらん限りのスティックやタオル、ユニフォームなどを観客席へ次から次へと投げ入れ始めたのです。応援感謝のプレゼントのつもりでしょう。遠く極東の東京で熱い応援を受けて感激したのだと思います。

 リンクと観客席との間にはパック避けの高い透明アクリルの壁があり、遠くには投げられないので、私たちが座る自由席には飛んできませんでした。残念。

 互いに、いいもん観たなぁ、面白かったなぁと言い合いながら帰宅しました。

 ユーゴスラビアという国はもう無く、内戦の時には当時の選手たちは厳しい生活を余儀なくされたでしょう。1977年3月21日の東京での試合を良い思い出にしてくれていたら、いいなぁ。

 私のアイスホッケー熱はそれから1週間ほどで冷めました。アハハ。

 

 日本対朝鮮半島チームの試合も、実力的には日本が上なんですが、日本がスウェーデン、スイスに2連敗して意気消沈していたら負けるかもしれません。完全アウェイ状態で戦うことになるでしょうから。喜び組も来るし。